2006 年 6 月 23 日 (金)
岩座神の絵日記 2006年6月23日
紫陽花

クライン・ガルテン岩座神の管理人さんから、紫陽花の写真をメールで貰いました。

「まだ満開ではないけど、ガルテンの管理棟の紫陽花を送ります。
稲もマダマダだし、蛍もまだみたい。稲が心配でたまりません。
紫陽花が満開になったらメールします。」
とのことです。
2006 年 6 月 23 日 (金)
クライン・ガルテン岩座神の管理人さんから、紫陽花の写真をメールで貰いました。
「まだ満開ではないけど、ガルテンの管理棟の紫陽花を送ります。
稲もマダマダだし、蛍もまだみたい。稲が心配でたまりません。
紫陽花が満開になったらメールします。」
とのことです。
2006 年 6 月 11 日 (日)
♪「世の中にはぁー、地味なものとぉー、派手なものがある。あ、ソレソレソレソレ。地味ぃ、地味ぃ、地味ぃ、地味な将来の夢は、習字の先生。」(© 嘉門達男)
という訳で、棚田オーナー行事の中で最も地味な「肥料散布・草刈り」である。
写真は、石垣から肥料を手で撒いているところ。
農家が肥料を撒く場合は、このように手で撒くこともあれば、動力散布機を使うこともある。
写真は、鎌を使って、石垣の草を刈っているところ。
かつては畔の草も刈っていたが、今はほとんど全部の畔がコンクリートで固められているので、畔には草が生えない。
農家が草刈りをする場合は、鎌を使うのはごく稀で、たいていは動力草刈り機を使う。
写真の所では、田圃の中に入って肥料を撒いている。田圃ごとのコーチング・スタッフによって、若干、指導方針に違いがある訳だ。
この時期の水田にはオタマジャクシがいっぱいいるので、小さい子供を連れてきたら喜ぶと思う。
作業は午前中で終了し、流れ解散となる。みんな揃っての昼食は無し。
やっぱり、地味やね。
午後、向い田(東南斜面の田圃)の草刈りをした。そのとき、山際の少し高い所から、カメラを北北西に向けて撮った写真だ。
右上のピークが千ヶ峰。
手前の田圃は休耕田で、蕎麦の作付を予定している。うっすらと白いのは、実は、蕎麦の花である。昨年の収穫時にこぼれた種が芽を切って蕎麦が生えているのだ。実は入らないと思うけれど。
2006 年 6 月 4 日 (日)
宮普請というのは、お宮さんの保守作業で、毎年、春と秋の二回行われる。
今年は、3月12日に春の宮普請が予定されていた(岩座神の予定表 2006年版を参照のこと)のだが、雨で流れた。予備の日も次々に雨で流れたり、他の予定が入っていたりで、とうとう、今日になってしまった訳だ。2006-02-01 岩座神の予定表 2006年版
宮普請と言っても、お宮さんに関係の無い仕事をする場合も多い。村山の下草刈りとか、枝打ちとか、害獣柵の点検とか。(ただし、その場合でも、お当人だけは神社の掃除をする。また、夕方は、少し早めに仕事をおわって、宴会をするのが恒例だ。)
今日は、お宮さん(五霊神社)の参道と境内を、土を入れて補修する作業を行った。
朝の8時から始めて、たっぷり、夕方まで働いた。へとへとである。
夕方の酒宴は無し。3月12日に宴会だけは済ませていたのである。がちょーん(古っ)。
2006 年 5 月 14 日 (日)
毎年、ゴールデン・ウィークの次の日曜日は、棚田オーナーの田植祭だ。
棚田オーナー一組の田圃は約100平方m、つまり、10m x 10m ぐらい。写真の田圃は細長くて、4区画に分れている。
泥田に入って、手で苗を植える。
普通の長靴は泥田では役に立たない。泥に埋って、脚を抜くときに、すっぽりと脱げてしまう。農家は泥田用の細長くて柔らかい長靴を使うのだが、オーナーの人達は普通は素足で田圃に入る。
子供を連れてくるオーナーも多い。中には、おしめが取れていない小さい子を泥田の中に立たせて、泣き出しても構わずに「大丈夫、大丈夫。すぐに慣れる」と言っていた豪快なお母さんもいた。
何と言っても田植と稲刈りは頭数が勝負なので、助っ人を連れてくるオーナーも多い。一区画に四~五人という組が多いかな。二~三人だと、ちょっと辛いようだ。
田圃の外に立って見ているのは、岩座神のスタッフだ。
10時20分ごろから植え始めて、人数の多い組だと、11時半ごろには植え終る。先に植え終った組の人には、遅れている組を手伝ってもらう事になっている。全部の組が植え終って、後片付けも済むと、ちょうど12時ごろになる。
お昼御飯は、岩座神の婦人会が作る混ぜ御飯(五目飯)と、鶏肉とキャベツのバーベキューだ。
混ぜ御飯は、タケノコと木の芽が入っていて、なかなか旨い。
バーベキューの方は、道具と火と鶏肉とキャベツをスタッフが準備して、オーナーが自分たちで好きなように焼いて食べる。これも旨い。
飲物は、一人につき一缶のビールまたは茶・ジュース・コーヒーが棚田保存会からオーナーに提供される。
バーベキューに追加する食材や二缶目以降のビールを持ってくるオーナーも多い。
昼食の会場は、五霊神社の参道だ。12時ごろから始めて、1時半過ぎまで、わいわい、がやがやと、あちこち入り乱れて、飲み食いしながら、語り合って、楽しく過す。
流れ解散でオーナーの人達が帰っていった後、横断幕や幟旗、バーベキューの道具など、祭の後片付けをする。そして、反省会でまた少し飲み足して、やっとお終い。
2006 年 5 月 9 日 (火)
平日だが、有給休暇を取って田植えをした。
7日の日曜日に予定していたのだが、雨で中止せざるを得なかったのである。
棚田オーナーの人達には苗を手で植えてもらっているけれども、岩座神の住民は田植機を使う。
この写真は、4条植の乗用式田植機の運転席からの眺めだ。
この田圃は大きいので、作業が楽な方だ。湾曲部があるのが難点だが、曲っていない田圃は岩座神にはほとんど無いので、文句を言っても仕方がない。
平地部の耕地整理の出来た田圃では条数の多い田植機が使えるが、岩座神の棚田ではあまり大きな機械は使えない。田圃への進入路が狭くて坂道だったり、田圃自体が小さかったり細長かったりするので、大きな田植機では身動きが取れないのである。
この田圃も、本当は、4条植の田植機でも、ちょっと辛いものがある。行って帰って、もう一度行くと帰って来られなくなってしまうのだ。さらに、田圃の幅が4条の倍数になっていない、という点も問題だ。
どうするか、と言うと、「植えずに行く」という行程をどこかに入れたり、「4条のうちの2条の植付け動作を止める」というテクニックを使ったりして、何とか、ごまかすのだ。
数年前までは、歩行式(機械の後から付いて歩くやつ)の2条植でやっていた。時間はかかるけれど、その方が綺麗に植える事が出来た。
しかし、歩行式は非常に体力を使う。泥田を歩くのは本当にしんどい。乗用式を使い始めると、歩行式には戻れないのである。
歩いた跡が残っているのは、補植(植え直し)をしたからだ。
田植機が回転する四隅や、進入路の近くは、田植機では植えることが出来ないので、手で植えなければならない。それに加えて、田植機が失敗したところも、手で植え直す。この田圃はかなり失敗が多かった。
朝の9時前から始めて、昼食をはさみ、3時過ぎに田植機での作業を終った。
田植機を洗って返して(そう、実は借物なのだ)、少し補植をして、今日の作業はおしまい。やれやれ。
今度の日曜日は、棚田オーナーの田植祭。
田植が済んだ後、しばらく経って、苗が伸び始めた頃の風景がお奨めだな。
2006 年 5 月 5 日 (金) こどもの日
中学校の同窓会で千ヶ峰に登った。
市原コースから登るというので、それなら大丈夫だろうと、子供たちを連れて行くことにした。
三谷のハーモニー・パークに9時に集合して、マイクロ・バスで市原コースの始点まで運んでもらった。市原コースは、林道が整備されて、ずいぶんと標高の高い所まで車で行けるようになっている。登山と言っても、尾根づたいのなだらかな道を2000メートルぐらい歩いて行くだけの、ハイキングに毛の生えた程度のものだ。小学二年生のうちの子供たちでも、大丈夫だ。
9時半ごろに登山を開始。
それでも結構、登りごたえがあった。僕は子供たちに置いてけぼりを食ってしまった。
10時半ごろ、無事に山頂に着いた。
先に登って、チョコレートやおにぎりを食っていた子供たちと一緒に、記念撮影をする。
真ん中のちょっと大きいのは、ゴールデン・ウィークで帰省している中学三年生の甥っ子。
後は、山頂に立っている「南無妙法蓮華経」の石碑だ。何で「南無妙法蓮華経」なのかね。また、こんなもん、誰がどうやって持って上がったのかも、僕は知らない。山岳信仰と関係があるのか。
*
掲示板で、市原の住人ペリーさんから、「千ヶ峰山頂の「南無妙法蓮華経」の碑は、1965年の冬だったように思いますが、千ヶ峰に冬山登山をした後、遭難された方があって、その慰霊のために建立されたものだと記憶しています。山岳信仰とは関係ないはずです。」と教えていただいた。
2006-06-11 追記
天気は良かったが、大気は薄く靄がかかった状態だったので、遠くまでは見通すことが出来なかった。
山頂でお会いしたご夫妻は、年に50回は千ヶ峰に登っている、とおっしゃっていたが、条件の良い時なら、明石海峡大橋はもちろん、淡路島や四国の山、さらに、日本海側では遠く白山まで見えることもあるそうだ。
子供たちは同級生のひとしくんに双眼鏡を借りて岩座神の家を見ていた。岩座神なら、かなりの悪条件でも、山頂から眺めることが出来る。
11時半ごろ、山頂を後に、三谷コースから下山する。
三谷コースは、市原コースとは打って変って、非常に急峻なコースだ。途中に滝もあるので、登山らしい登山を楽しむつもりなら、こっちの方が面白いだろう。
下るだけでも結構疲れる。
下山したら、そこがハーモニー・パークだ。バーベキューを囲んでわいわいと語り合った。何か、甥っ子が缶チューハイを飲んで酔っぱらったようだが、まあ、そういう事があっても良いだろう。
楽しい一日だった。
2006 年 5 月 4 日 (木) 国民の休日
岩座神では、毎年、ゴールデン・ウィークの頃に田圃の代掻きをする。
代掻きというのは、田圃を水田(泥んこの田圃)にする作業だ。あらかじめ鋤き起しておいた田圃に水を入れ、再び、耕耘して泥田にし、でこぼこを均す。
棚田と言っても、岩座神の田圃はそこそこの大きさがあるので、耕耘にはトラクターを使う。耕耘機を使う家もあるが、それはごく少数だ。
田圃に水を入れているところだ。
それぞれの田圃は「ゆね」と呼ばれる水路から水を引入れる。一つの「ゆね」からは、複数の田圃が水を取るようになっているのだが、「ゆね」の水利権には「上が先」という不文律があって、上流側の田圃から先に水を取って良い決りになっている。
そんなわけで、すぐ上の田圃は既に代掻きが終っているのに対して、この田圃は今やっと水を引入れている状態だ。
この写真では、「上が先」という決りとは逆に、下の田圃の方が先に水を引入れたように見える。これは、それぞれの田圃の「ゆね」が違うからだ。
水が豊富にある時は良いのだが、そうでない場合には、水利をめぐって喧嘩が生ずることもある。
代掻きが終ると、だいたい、一週間以内に田植をすることになる。
2006 年 4 月 23 日 (日)
クラインガルテンの管理人であるえむ氏から桜の写真を送ってもらった。
今年の桜は、開花時期も遅かったが、花が咲いている期間がとても長いようだ。ぱっと咲いてぱっと散る、というのでは全然なくて、のんびりと咲いている。
これは、4月19日(水)に撮ったもの。
まだ満開ではない。
これは、4月20日(木)に撮ったもの。
遠目でよく分らないが、やっと満開か。
ん? 上の写真のと同じ木らしいね、これ。
最後は4月23日。
場所は、岩座神でも一番標高の高い所、クラインガルテンからほんの少し下りたあたり。赤い屋根は加古川漁業協同組合の「岩座神ロッジ」だ。
「まだ当分散りそうにありません」とのこと。
2006 年 4 月 16 日 (日)
岩座神でもようやく桜が咲いたが、まだ、七分咲ぐらい。
昨日は一日中しびしびと雨が降って寒かった。
今日も肌寒い曇り空だったが、雨が落ちてくることは無く、棚田オーナー対面式を滞りなく行うことが出来た。
スタッフ(岩座神の住人)は8:30に公会堂に集合して準備にかかった。
9:30を過ぎた頃から、ぼちぼちとオーナーの人達がやってきて、受付で契約書を交したり、年間の会費(50,000円)を納入したりする。
対面式が始るまで、しばらく、お互いに入り混じって、うだうだ言ったり、ぶらぶらしたりする。
10:00から平成18年度の棚田オーナー対面式が始る。
以下がその式次第(司会進行は農会長)。
対面式ということで、村の者とオーナーとがお互いに自己紹介をする。
今年度の棚田オーナーは全部で18組である。そのうちの半数にあたる9組が6年以上継続しているベテランで、中には、岩座神が棚田オーナーを始めた10年前からのお付合いになるグループも2組ある。一方、今年はじめて岩座神に来る人達は3組、二年目の人達も3組。なかなかバランスが良いんじゃないかと思う。
あらかじめ村で用意しておいたブロックごとの看板にオーナーの筆を入れて貰う。
自分たちの区画のところに、グループ名を記して、思い思いに絵を描いたり、希望や決意を表明する言葉を書いたりする。
出来上った看板を持って、ブロックごとおよび全員で記念写真を撮る。
記念撮影を済ませた後、担当者と一緒に、抽選で当った区画を確認に行く。
この写真は、公会堂に近いC区画。一番遠くのブロックは公会堂からけっこう距離があるので、担当者が車(岩座神ではリムジンとか護送車とか呼んでいるが、普通には軽トラックと呼ばれている)で送って行ったりする。
以上で対面式は終了。丁度、お昼前で、流れ解散である。
村の者は公会堂に残って、しばらくの間、うだうだと話をする。
西御影のグループが持ってきてくれた「御影だんじり瓦版」を肴にして、缶ビールを1本空けた。この連休に地車(だんじり)が出るのだ。見に行きたいなあ。
2006 年 4 月 8 日 (土)
休耕田に植えられた紅梅と白梅。
近辺の村や町では桜が咲いて、この週末は花見を楽しんだ人が多いと思うが、標高が高い岩座神では、桜はまだ蕾が固い。おそらく、桜の花が咲くのは、まだ、一週間か十日先のことだと思う。
その代りに、岩座神では、今、梅の花が見頃になっている。
こちらは、僕の家の庭にある古い梅の木。
隣の家、と言うか、いつも「下の家」と呼んでいるのだが、茅葺屋根が見えている。岩座神でも茅葺屋根は三軒だけしか残っていない。
午後、西日本一帯に黄砂が降った。
岩座神でも、はっきりと、かなり濃いモヤが見えた。
2006 年 4 月 1 日 (土)
特に何ということもない土曜日の午後五時前である。
うちの裏の田圃から岩座神の村を眺めたところだ。
岩座神の棚田は、石垣が綺麗なことと、棚田と住居が混在していることが特徴だ。
そして、真後ろに見えるのが千ヶ峰である。
かわって、ほぼ同じところから南側を眺めたところ。
田圃が鋤き返されているのがわかるだろう。ほぼ一ヶ月後、ゴールデン・ウィークのころ、水田にして田植えをする。
畔が輝くように白い。これは、畔がコンクリートで固めてあるからだ。数年前、岩座神では、補助金を得て、棚田の畔をすべてコンクリートで塗り固めた。
棚田の風景を写真に収めようとしてやって来るアマチュア・カメラマンたちには、このコンクリートの畔は、すこぶる評判が悪い。草が生えた土の畔の方が絶対に良い、という訳だ。
そういう人たちにとっては、棚田を耕耘しているのが、小さいとは言え、トラクターだったりするのも気に食わないのだと思う。
あなたは、トラクターや田植機やコンバインが写った棚田の写真を見たことがあるか? 無いだろう。彼らは、自分の頭の中にある「棚田」の風景にそぐわない物を絶対に写さない。
農耕牛が鋤を引いていたりしたら大喜びでシャッターを切るのだろうが、そうはイカのキンタマ、タコが引っぱる。申し訳ないが、写真家の都合は二の次だ。
2006 年 3 月 19 日 (日)
子供会の資源ゴミ回収。
冷たい雪混じりの雨が降って、寒い朝だった。
岩座神にも子供会がある。しかし、高齢化と過疎化が進む山間の村であり、しかも戸数が19戸(公称)しかない岩座神のことだから、子供会があることはある、というレベルである。子供会の父兄だけでは手が足らないので、衛生美化委員にも手伝ってもらう。
あらかじめ有線放送で各戸に周知しておき、古新聞やアルミ缶・古着・鉄屑などを家の軒先に出しておいてもらう。そして、軽トラックでそれを集めて回り、集荷場で業者のトラックに積み込む。このあたりの手順は、どこの村でもだいたい同じだ。
午後から、お寺(神光寺)で彼岸会。
庫裏(くり)の座敷でお勤めをした後、寺の本堂で再びお勤めをする。
庫裏の中は暖かくて快適だが、本堂は寒かった。
本堂でのお勤めが終った後、寺の墓に参る。ここに歴代の神光寺住職の墓がある。
今は神光寺には住職はいない。西光寺という別の寺の住職が兼務してくれている。
墓参りをすませた後、暖かい庫裏に戻って、茶菓子を振舞ってもらい、しばらく、うだうだ語った後、三時過ぎに散会する。
なお、3月12日に予定されていた宮普請は雨で中止になった。そして、今日の午前中に最小限の作業(お宮さんの参道の補修)だけをやることになっていたのだが、それも雨で出来なかった。で、どうするの、という話だが、まだ決っていないそうだ。